高校受験の内申は「中学校ガチャ」なのか?兄妹の受験で感じた評価の違い

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※本記事は我が家の受験経験をもとに書いています。



体育祭実行委員を3年間務めてきた娘は、
今年ついに総合優勝を果たしました。

「絶対に優勝する!」
と言って、賞状を受け取る練習までしていた娘(笑)。

たとえ根拠のない自信だとしても、
私は、目標を言葉にすることには意味があると信じています。

それはきっと受験でも同じ。

「絶対に合格する」と口にすることが、
努力を続ける自分を支えてくれるはずです。



体育祭が終わったと思ったら、今度はプールの授業。

小学生の頃、
競泳の選手コースで毎日泳いでいた娘は、
やっと自分が輝ける場所がきた!
と、今から張り切っています。

親としては、
体育だけじゃなく勉強も頑張ってほしいところですが(笑)



部活動も引退し、定期テストも終わりました。

定期テスト1週間前まで試合があり、
思うように勉強時間を確保できなかったこともあって、
結果はそれなり。か、それ以下。

この成績をもとに三者面談が行われ、
いよいよ高校受験が本格的に始まります。


体育祭や水泳は、
順位やタイムなど努力が目に見える形で評価されます。

一方で、
高校受験で大きく関わる「内申」は、
時に見えにくく、親でも戸惑うことがあります。


今回は、
兄妹二人の受験を経験して感じた「評価」について書いてみたいと思います。

目次

「中学校ガチャ」という言葉

内申制度に苦しめられた息子は、
内申話になると、
「内申は中学校ガチャだ」とよく言います。

最初は少し大げさな表現だと思っていましたが、
今ではこの言葉が生まれる背景も少し理解できるようになりました。

都立高校では、
当日の学力検査だけでなく、内申点も合否に影響します。

また、
私立高校でも推薦入試や併願優遇などで内申点が出願条件になることが多く、
高校受験では内申が大きな意味を持ちます。

※ 内申点の計算方法は都道府県ごとに異なります。
例えば、中学3年生の成績を重視する地域もあれば、中学1~3年生の成績をすべて対象とする地域もあります。

※東京都の内申点(調査書点)の計算方法については、東京都教育委員会「調査書点の点数化について」をご覧ください。


そのため、中学時代は定期テストだけでなく、
提出物や授業態度なども意識していました。

しかし、
高校へ進学して他の中学校から入学してきた友達と話をしていると、

「うちの中学校は80点取れば5がつく。」

「先生が志望校に合わせて評定を付けてくれた。」

そんな話を聞くことがあったそうです。

もちろん、それがすべて本当かは分かりません。

でも、
そんな言葉が当たり前のように出てくる時点で、
制度への不信感、不公平だって思ってしまう気持ちは理解できます。

同じ学力でも、学校によって評価の考え方や基準に違いがある

だから「中学校ガチャ」という言葉が生まれたのだと思います。

内申は単純ではない

内申は、
「80点台なら4」「90点台なら5」と単純に付けることはできません。

現在の内申は、

  • 定期テスト
  • 提出物
  • 授業態度
  • 主体的に学習へ取り組む姿勢
  • 観点別評価

など、複数の要素をもとに評価されています。

だからこそ、
一人ひとりを丁寧に評価できるというメリットもありますし、
内申を重視する理由にも納得できます。

  • 入試当日の1回の試験だけでは測れない、3年間の学習の積み重ねを評価できる。
  • 継続して努力する姿勢や学校生活への取り組みも評価したい。
  • 一発勝負の試験で体調不良などがあった場合でも、普段の成績を反映できる。

一方で、
評価基準が見えにくいことも事実です。

同じように努力しているように見えても、
学校や先生によって評価の受け止め方が異なることがあります。

実際に、
副教科の評価一つをとっても、
先生によって考え方の違いを感じることがありました。


息子は水泳以外の運動はあまり得意ではありませんでした。

タイムや記録を重視する先生もいれば、
できないなりに一生懸命取り組む姿勢を評価してくださる先生もいました。

どちらが正しいという話ではありません。

評価にはさまざまな考え方があるからこそ、
基準が見えにくく、
不安を感じることもあるのではないでしょうか。


高校受験という子供にとって大きな選択が
その違いに左右されるのは少し切ない気がするのです。

兄は努力しても届かなかった

息子は中学生時代、
定期テストでは90点以上を取ることも珍しくありませんでした。

提出物も期限を守っていたし、
手をあげて発言するなど授業態度も特に問題はないと言われました。

それでも評定が4になる教科がある。

希望していた高校には、
その「4」が大きく響きました。

当日の学力検査なら十分勝負できる。

でも内申だけは、
受験当日に取り返すことはできません。

「あと少し内申があれば…」

その悔しさは、
今でも息子の中に残っています。

息子が先生に聞いても、
振り返りが少ないと言う先生。

逆に書き過ぎで読む気がしないと言う先生。

結局、自分は先生に嫌われているのではないか…。

オール5をもらった子と自分とでは、
同じ点数なのに何が違うのだろう。

もう、何を頑張ればいいのかわからなくなっていました。


そして親の私も、
何をどう頑張れば評価されるのか、
説明することができませんでした。



だからこそ、
内申に振り回されるのではなく、
当日の学力検査で点を取れる力も大切だと感じています。


我が家でも、家庭学習の一つとして活用していたのがスタディサプリです。

苦手な単元だけをピンポイントで学び直せるので、
分からないところを効率よく復習したい時にも役立ちました。

娘は真逆のタイプ

一方、今年受験する娘。

兄ほどテストは得意ではありません。

90点いかない教科も普通にあります。

間違えるのが恥ずかしいと思うタイプで、
授業中手をあげて発言することもあまりありません。

それでも評定が5になる教科もあるのです。

確かに兄より提出物は丁寧に時間をかけて仕上げています。

最高評価がAだとしたら、A+をもらうことも結構あります。

また、
分からないところがあれば先生へ質問しに行く。

そういった努力も、
きっと評価されているのだと思います。


兄と娘、どちらが正しいという話ではありません。

評価される努力の形が違うのだと感じています。

矛盾している親心

正直に言うと…

兄の時は、
「90点以上なのに4なんておかしい」
「学力重視であるべき!」
と思っていました。

でも娘の今は、
「提出物や日頃の努力も評価してほしい!」
と思っています。


結局、自分の子どもが有利になる制度なら
「それでいい」と思ってしまう。


なんて親は身勝手なんでしょう(笑)

不公平さを減らすための工夫

各教育委員会では、
学校間の評価のばらつきを減らすために、
評価基準の共有や教員研修など、
さまざまな取り組みが進められています。

ただし、
完全に学校間の差をなくすことは難しいのが現状です。


では実際にはどうなのか。

近年は、
「内申点の比重を下げて学力試験を重視する」自治体もあれば、
「内申を重視して日頃の努力を評価する」自治体もあり、
考え方はさまざまです。

つまり、
「学校によって評定基準が違うのに受験に使われるのは不公平ではないか」という声は以前からあり、
教育現場でも評価の公平性についてさまざまな議論や改善が続けられています。

一方で、
「学力試験だけでは測れない能力も評価したい」という考え方とのバランスをどう取るかが、
高校入試制度の大きな課題となっているそうです。

大学受験でも「評定」が重要になる時代

最近は大学受験でも、
学校推薦型選抜や総合型選抜が増えています。

評定平均を出願条件としている大学も少なくありません。

医学部でも調査書を重視する大学があり、
我が家も高校3年生の時にその重要性を知りました。

1年生からの合計評定なので、「時すでに遅し」でした。


出願条件が評定平均で設定されている大学では、
学校の難易度よりも「評定平均の高さ」が重視されるため、
難しい学校で苦労して取った評定よりも、
評定平均が高い方が有利になるケースがあります。

そのため、出願条件を満たせず、
チャンスすらもらえないこともあります。


本当に評定平均という数字だけで比較できるのでしょうか


高校によって授業内容や定期テストの難易度は異なります。

学力層の異なる高校で取得した評定も同じ重みというなら、
そういったことも含めて、
高校選びの段階から、その先の大学受験まで視野に入れて考えることも大切なのかもしれません。

まとめ

私は、
内申制度は「中学校ガチャ」という言葉で終わらせたいわけではありません。

先生方も決められた基準の中で、
一人ひとりを評価されています。

学校ごとに教育方針や地域が違えば、
評価の考え方に違いが生まれます。


今年は、兄が医学部受験妹が高校受験

W受験だからこそ、
進路を考える中で「評定」という数字の重みを改めて感じています。

また、兄妹二人の受験を通して感じたのは、
内申が大きく影響する制度だからこそ、
「評価されること」を意識して行動する子も少なくないということです。

制度が子どもたちの行動や考え方にまで影響を与えてしまう現実を見て、
親として少し複雑な気持ちになりました。

それでも親として思うのは、
制度を知ることは大切だということです。

どんな基準で評価されるのか。

学校ではどんなことが重視されているのか。

情報を集めること。

親子で話し合うこと。

それも受験の一部なのだと思います。


「中学校ガチャ」という言葉の背景には、
評価基準が見えにくいという不安があり、
兄はその現実に悔しい思いもしました。

でも今さら制度は変わりません。

だからこそ、愚痴で終わるのではなく、
制度を知り、
その中で子どもが力を発揮できるように、
親としてできることを考えていきたい。

それが、
兄妹の受験を通して私が感じたことです。


制度には納得できない部分もあります。

それでも、
制度を知っていた人の方が、
少しだけ有利に受験を進められるのも事実です。

だから私は、
「ガチャだった」で終わらせるのではなく、
今ある制度を知り、
その中で子どもたちが力を発揮できるよう支えていきたいと思っています。


これからも、不安を少しでも戦略に変えられるような情報を、
兄妹二人の受験を通して伝えていけたらと思います。

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