医学部を目指して浪人中の息子には、
「医療を綺麗事」だけではなく、現実も含めて理解してほしいと思っています。
私は病院で事務をしているので、
日頃から病院事務の立場で見える「現場のリアル」を、よく息子に話しています。
息子は昔からよく話す子で、
親子で雑談も多く、ニュースや社会の話、どうでもいい日常の話まで、本当によく会話をします。
浪人中、特に宅浪は人と接する機会がどうしても少なくなります。
医学部受験には面接もありますし、自分の考えをちゃんと言語化できることは、とても大切だと思っています。
そんな親子の日常会話の一部を、これから少しずつ共有していけたらと思います。
今回はその第一回目です。
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私は外来ではなく、入院側の事務を担当しています。
転院搬送などの救急車受け入れは日頃からありますが、
最近は救急外来での搬送受け入れも行うようになりました。
ただ、もともと私の勤める病院は、重症患者を受け入れている病院ではありません。
実際に搬送されてくる患者さんも、比較的軽症の方が多く、
正直なところ、
「これは本当に救急車を呼ぶレベルなのだろうか」
と思ってしまうこともあります。
実際に、
「待たずに診てもらえるから」
と言われたり、救急車をタクシー代わりに利用しているのではないか、と感じる場面もあります。
現場の負担や人件費を考えると、
「救急車もある程度は有料化した方がいいのでは」
とつい思ってしまったこともあります。
そんな話を息子としていた時のことです。
息子は、
「でも、そういう患者さんを受け入れてくれる病院があるから、本当に重症の人がちゃんとした救急病院で診てもらえるんじゃない?」
と言いました。
さらに、
「受け入れ先が早く決まれば、救急車もすぐ次の現場に行けるし、意味はあると思う」と。
私は、
“目の前の軽症患者さんによって仕事が増えている”
という現実しか見えていませんでした。
でも息子は、
救急車の稼働や、地域全体の流れまで含めて考えていました。
たしかに、受け入れ先がなかなか決まらなければ、救急車は長時間動けません。
その間に、別の場所で命に関わる119番通報が入るかもしれない。
そう考えると、軽症患者さんを受け入れることにも、地域医療を支える役割があるのかもしれないと思いました。
つまり、
軽症患者さんを受け入れるということは、
単に一人の患者さんを診るだけではなく、
「地域の救急システムを止めない」
という役割にもつながっているのだと気づいたのです。
もちろん、救急車の不適切利用には問題があります。
現場が疲弊するのも事実です。
それでも、
不安を抱えている人、
判断に迷う人、
そういう人たちを、誰かが受け止めなければならない場面もあります。
また、一見すると緊急性が低そうに見える症状でも、
実際には重症なこともありますし、そのまま入院になるケースもあります。
高度救命医療でもない。
ドラマみたいな救急でもない。
それでも、
「今日も地域の救急がちゃんと回る」
ための一部にはなれているのかもしれない。
そう思えたら、明日ももう少し前向きに働けそうな気がします。
その受け皿にも意味があるのだと、息子との会話で気づかされた出来事でした。
これからも息子には、
物事を一方向からだけではなく、医療を広い視点で見られる人になってほしいと思っています。
きっと、こうした“目立たない役割”によって、今日も地域医療は支えられているのだと思います。
※救急受診や救急車を呼ぶべきか迷う場合は、各地域の救急相談窓口をご利用ください。
(東京では「#7119 東京消防庁救急相談センター」で相談できます)

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